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東京地方裁判所 昭和34年(行)151号 判決 1963年4月30日

原告 久松茂

被告 東京都知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「別紙第一目録記載の道路について被告が昭和二八年一一月六日に指定番号第四、六〇九号をもつてした道路位置廃止処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

一、別紙第一目録記載の道路(以下本件道路という。)は警視庁昭和五年告示番号第二、六九九号をもつて指定された道路であるが、建築基準法第四二条第二項によつてその中心線から水平距離二米の線が道路の境界線とみなされている。

二、被告は、昭和二八年一一月六日訴外三間豊次郎の申請に基づいて、本件道路につき指定番号第四、六〇九号をもつて道路位置廃止処分をした。

三、しかしながら、本件道路位置廃止処分には、次のような瑕疵があり、その瑕疵は、重大かつ明白であるから、右処分は無効である。

(一)  本件道路は別紙第一図面記載のとおり、別紙第二目録記載の各土地の一部であり、本件道路の道路位置廃止処分は右各土地の所有者の承諾を要件とするものであるところ、昭和二八年秋ごろ三間豊次郎は、その所有家屋の改築にあたり、本件道路に約〇、六四米突き出して建築したので、建築基準法第四四条違反として、同法第九条により一部除却の命令を受けた。そこで、三間は、苦慮した結果、別紙第二目録(2)ないし(5)記載の各土地所有者に対し、自己の家屋を取りこわさないですむよう建築線廃止の申請書に捺印をして貰いたい旨懇請して本件道路の道路位置廃止申請書添付の図面(ただし、その際には、まだ、道路廃止申請図なる表示はなかつた。)上の承諾書らん及び図面の各所有土地表示部分に捺印を求め、右の者らはこれに応じてその捺印をしたが、原告は、図面の原告土地表示部分にのみ捺印を求められたので、これに応じて当該個所に捺印した。しかるに、三間は、右捺印後、承諾書らんに記載された久松勇の記名中「勇」を抹消して「茂」と書きかえ、さらに、前記申請書添付の図面に別紙第二図面のように、所有関係について、久松勇の所有地と神谷忠一、岩崎仙太郎両名所有の道路敷地とをいずれも原告の所有地のように表示し、その結果原告の所有地は本件道路を廃止しても袋地でなく公道に接するような外観を呈させた虚偽の記載をなし、これを申請書に添付したうえ、被告に提出して本件道路位置廃止処分の申請をしたのであるが、以上のとおり、原告はじめ別紙第二目録記載(2)ないし(6)の各土地所有者は、いずれもこれを承諾していなかつたのであるから、本件道路位置廃止処分には右利害関係人の承諾なくしてなされた瑕疵がある。

しかして、道路位置廃止申請があつた場合には、被告としては、道路敷地に権利を有する者全員の承諾の有無、記載事項の正否について十分審査したうえ処分をすべきことは当然であるところ、本件においては、少し調査をすれば道路敷地所有者の承諾がないことが容易に判明したはずであるのに、これを怠り、漫然本件道路位置廃止処分をしたものであつて、その瑕疵は重大かつ明白である。

(二)  本件道路が廃止されるとこれに接する原告及び久松勇所有の各所有家屋の敷地は、全く道路に接しないこととなつて、建築基準法第四三条第一項の規定に牴触することとなるので本件道路位置廃止処分は、右規定に違反するものといわなければならない。また同法第四五条によれば、かように私道の廃止によつてその道路に接する敷地が同法第四三条第一項の規定に牴触することとなる場合には、被告は、同法第九条第二項ないし第六項に基づいてその私道の廃止を禁止しなければならないのに、本件においては、被告は、かかる手続を履践することなく本件道路位置廃止処分をしたのであるから、右処分は前記同法第四五条の規定にも違反する。

と述べ、被告主張の事実に対し、

被告主張の三の事実は、その事実があることによつて、本件道路位置廃止処分が有効になるとの主張を争うほか、事実はこれを認める。

と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、請求原因一、二の事実は認める。同三の事実のうち、昭和二八年ごろ三間豊次郎が本件道路に突き出して家屋の建設を開始したこと、同人の依頼に応じて斎藤誠、神谷忠一、岩崎仙太郎が道路位置廃止申請書添付図面の承諾書らんに捺印したこと、三間が右図面を添付して道路位置廃止申請書を被告に提出してその申請をしたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件道路位置廃止処分には、原告主張のような瑕疵はない。

(一)  本件道路位置廃止処分は、三間豊次郎の申請に基づいてなされたものであるが、三間は、右申請に先だち、本件道路の廃止につき、その敷地について権利を有する原告、神谷忠一、斎藤誠、岩崎仙太郎の承諾を得た。仮に右申請書添付図面承諾書らんの久松茂名下の捺印が久松勇によつてなされたとしても、それは原告の承諾のもとにしたものであつて、原告が承諾したものにほかならない。

(二)  本件道路位置廃止処分当時における本件道路敷地の所有関係は別紙第二目録記載のとおりであるから、本件道路位置廃止処分によつて本件道路に面していた建物敷地が道路に接しなくなつたという事実はない。したがつて、右処分に建築基準法第四三条第一項、第四五条違反の瑕疵はない。

三、仮に本件道路位置廃止処分に処分当時建築基準法違反の瑕疵があつたとしても、右瑕疵はその後治癒された。すなわち、原告は本件道路位置廃止処分後別紙第二目録(6)記載の土地の北側に隣接する土地を買い受けて所有使用するにいたつたが、右土地は北側道路に面しているから右処分によつて袋地となつた原告の所有地も袋地でなくなつたし、又同目録(3)記載の土地(右処分当時久松勇所有)もその後神谷忠一が所有使用するにいたつたのでこれも袋地ではなくなつたので、本件道路位置廃止処分は前記規定に違反しないこととなつた。

四、仮に、本件道路位置廃止処分に、道路敷地所有者の承諾なくして道路を廃止した瑕疵、あるいは建築基準法第三条第一項等違反の瑕疵があるとしても、三間の提出した申請書添付の図面の承諾書らんには、原告はじめ道路敷地について、権利を有する者の捺印がなされているのであるから、被告としては、右図面が真実に合致し、かつ、真に道路敷地所有者の承諾があつたものと考えたのは、むしろ当然であり、したがつて右瑕疵が重大かつ明白であるということはできない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、本件道路が警視庁昭和五年告示第二、六九七号をもつて指定された道路であり、建築基準法第四二条第二項によつてその中心線から水平距離二米の線が道路の境界とみなされていること、被告が、昭和二八年一一月六日、訴外三間豊次郎の申請に基づいて、本件道路につき、指定番号第四、六〇九号をもつて、本件道路位置廃止処分をしたこと、昭和二八年ごろ、三間が本件道路に突き出して家屋の建築を開始したこと、同人の依頼に応じて斉藤誠、神谷忠一、岩崎仙太郎が道路位置廃止申請書添付図面の承諾書らんに捺印したこと、原告が右図面の原告所有地表示部分に捺印したこと、三間が右図面を添付して道路位置廃止申請書を被告に提出してその申請をしたこと、原告が本件道路位置廃止処分後別紙第二目録(6)記載の土地の北側に隣接する土地を買い受けて所有使用するにいたり、しかも同土地が北側道路に面している結果、本件道路位置廃止処分によつて袋地となつた原告の所有地が袋地でなくなり、また同目録(3)記載の土地もその後神谷忠一が所有使用するにいたつて同地が袋地でなくなつたことは当事者間に争いがない。

二、原告は、本件道路位置廃止処分は別紙第二目録(2)ないし(6)の土地所有者の承諾を欠き、その瑕疵は重大かつ明白であるから、本件処分は無効であると主張する。

成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし三、承諾書らん及び図面中の各久松茂の記名押印部分を除いて成立に争いのない乙第一号証の四、証人高橋輝一、同片山秀雄、同久松勇、同神谷忠一、同三間豊次郎、同新井三郎の各証言ならびに原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合して判断すると、次の事実が認められる。

すなわち、訴外三間豊次郎は、昭和二八年一〇月ごろ東京都千代田区神田猿楽町一丁目七番地の一九の土地に二階建工場を増築しようとしてその工事に着手したが、本件道路があつたため右道路に突き出して建築するようになつて、その建築許可が得られず苦慮していたところ、設計士である訴外片山秀雄から、本件私道を廃止すれば、そのまま右建築が可能であると教えられたので、本件道路について道路位置廃止の申請をしようと決意したが、当時、本件道路に接する土地の所有関係は、別紙第一図のとおりであつたため、事実のままの申請書類を作成したのでは、同図(6)原告及び(3)久松勇の所有地が袋地となるため許可をうることができなかつた。そこで三間の依頼を受けた片山は、その友人で同業の設計士である訴外高橋輝一に右(3)及び(6)の土地が袋地にならないように作成した原図を与えて製図方を依頼し、高橋は、これをいれて、同事務所で働いていた訴外新井三郎にその作成をゆだね、新井は右原図を高橋から受け取つて、これに基づき、前記申請書添付用の図面を作成して、これを片山に渡した。三間は、片山から右図面を受け取るや、その承諾書らん及び別紙第二図(2)斉藤誠(4)神谷忠一(5)岩崎仙太郎の各土地を表示した相当部分に、訴外斉藤誠、同神谷忠一、同岩崎仙太郎から本件道路位置の廃止について承諾をする趣旨のもとに、それぞれその記名下に捺印を受け、自らも承諾書らん及び同図(1)の三間の所有地表示部分の記名下に捺印をしたが、本件道路が廃止になれば、原告所有地別紙第一図(6)及び久松勇所有地同図(3)が袋地になることになるので、三間は原告及び久松勇に対しては、自己のする申請が本件道路の廃止を目的とするものではなく、単に建築線の廃止を目的とするものであつて、本件道路は、従前よりいく分狭くなることはあつてもいままでどおりで通路として存続するのであるから承諾をして貰いたい旨依頼し、新井の作製した前記図面の本件道路の中央に東西に引かれた線のうち、岩崎仙太郎の所有地境界線東側の線を南に延長した線に接する点から西側の線を抹消し、別紙第二図のように神谷忠一及び岩崎仙太郎の土地境界線を書き入れたものを示し、原告から同図久松茂(住宅)と表示された相当部分に捺印を得、次いで久松勇から承諾書らん久松勇の記名下及び前同図久松茂(倉庫)(当時は、茂の字は記載されていなかつた。)と表示された相当部分に捺印を得た。(もつとも、同図面は、道路位置の指定、廃止等のため申請用紙に記載されたものであるから、たとえ、当時「道路廃止申請図」なる表題の記載がなかつたとしても、原告らが少しく注意すれば、三間の言に疑念をもつはずであつたと考えられる。)次いで、片山は、新井をして右承諾書らん久松勇の記名中「勇」を抹消させ、そのかわりに「茂」と記入させて本件道路位置廃止申請書添付の図面(乙第一号証の四)を完成し、これを本件道路位置廃止申請書及び委任状(乙第一号証の一、二)に添えて、同月三〇日ごろ千代田区役所を経て被告あて提出して本件道路位置廃止の申請をした。

以上のことが認められる。

証人片山秀雄、同神谷忠一、同久松勇、同新井三郎、同三間豊次郎の各証言中、右認定に反する部分は、いずれも措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、三間が提出した本件道路廃止申請書添付図面承諾書記載らん中の同訴外人及び訴外斉藤誠、同神谷忠一、同岩崎仙太郎の各押印が右訴外人らがその趣旨を了知して自らこれをなしたものであるに反し、同らんの原告の押印は原告自らがなしたものではなく、またほんらい利害関係人として承諾を要する訴外久松勇の記名押印が欠けており、その意味においては必ずしも適式の書面ということができないけれども、原告および久松勇が本件道路の廃止そのものに対して承諾を与えていたものであるとすれば、承諾書らんにおける原告名義の記名押印は、結局において同人の意思に反するものではなく、また申請書添付書類中における久松勇の承諾の意思表示の欠缺も、結局において右申請に基づいてなされた道路廃止処分の効力に影響を与えるものでないと解せられるから、右原告ら両名が果して本件道路の廃止に承諾を与えたものかどうかについて検討するに、原告および久松勇が上記申請が建築線廃止に関するものである旨の三間の言を信じ、これに同意する趣旨で上記各部分に押印したものであることは上記認定のとおりであるところ、建物建築に対する制限としての建築線なる制度は旧市街地建築物法(大正八年法律第三七号建築基準法の施行とともに廃止。)の規定するところであつて、同法第七条の規定により、道路敷地の境界線又は行政官庁の指定するものをもつて建築線とし、同第八条、第九条において建築物は建築線に接することを要し、また建築線より突出せしめることができないと定められていたのであるが、同法に代つて制定された建築基準法においては、建築線なる制度は廃止され、市街地建築物法の下において建築線が営んでいた機能は、建築基準法にいわゆる道路および同法の定める壁面線なる制度によつてこれを営ましめることとせられている。ところで旧市街地建築物法の下における建築線の廃止は、上記のごとく建築線間に建築物の存しない空地を確保する効果を解消せしめ、従来の空地部分に新たに建築物を進出せしめることを可能にするとともに、建築物が建築線に接しなければならないとする制限をも撤廃する効果を生ずるものであるから、原告および久松勇が上記のような建築線の廃止の効果を認識しつつこれに承諾を与える趣旨において押印したものであるとすれば、右承諾は、少なくとも建築基準法のもとにおいて同法にいわゆる道路が建物の建築との関係において営むべき重要な制限機能の大部分が解消せしめられることを認識しつつなされたものとして、これを同法の下における道路の廃止に対する承諾の効力を有するものと解しても妨げないと考えられる。しかるところ、原告本人尋問の結果によれば、同人は右のような建築線廃止の効果についての十分な認識がなく、本件道路が現状より若干狭くなることは承知しつつも、それが依然通路として存続し、現実にそこが通行できなくなるような可能性を生ずることはないと考えていわゆる建築線の廃止に承諾を与えたものであることが認められるから、右承諾をもつて道路の廃止に対する承諾があつたものとはなし難いといわなければならない。

それ故本件道路廃止の申請には、原告及び久松勇の有効な承諾を欠く瑕疵があり、したがつてこれに基づいてなされた本件道路廃止処分にも瑕疵があるとせざるをえない。そこで進んで右瑕疵が本件処分を無効ならしめるものであるかどうかを考えるに、およそ法令上行政処分が利害関係人の申請、同意、承諾等を前提としてなされるべきことが要求されている場合において、このような私人の行為の欠缺が右行政処分の効力にどのような影響を与えるかについては、これをいちがいに論ずることはできず、このような利害関係人の行為を要求する法の趣旨に照らし、また、それぞれの場合の具体的事情に応じあるいは、このような行為の欠缺をもつて当然に当該処分を無効ならしめるものとし、あるいは、その瑕疵が明白でない限り、単にその処分に取り消しうべき瑕疵を生ぜしめるにとどまるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、建築基準法第四二条第一項第五号所定の道路位置の指定および廃止の手続については、同法上はなんらこれを規定することなく、建築基準法施行規則(昭和二七年四月一日一部改正後の規則)第七条においても、単に「法第四十二条第一項第五号に規定する道路の位置の指定を受けようとする者は、申請書正副二通に(中略)道路の敷地となる土地(以下「土地」という。)の所有者及びその土地又はその土地にある建築物若しくは工作物に関して権利を有する者の承諾書を添えて特定行政庁に提出するものとする。」と規定するにとどまり、道路を廃止する場合については同規則はなんらこれを定めるところがなく、わずかに東京都建築基準法施行細則(昭和二八年四月一日一部改正後のもの。)第八条において「<1>法第四十二条第一項第五号による道路の位置の指定を受けようとする場合においては、別記第三号様式による申請書に第四号様式による図書を合せて提出しなければならない。<2>指定された道路の位置又は法第四十二条第二項により指定された道路若しくはその他の既存の私道を変更又は廃止する時は前項の規定を準用する。」と定め、その別記第四号様式による図書には、承諾書らんに、前記道路敷地について権利を有する者の権利の種別、住所、氏名、印の各らんがあつて、道路廃止の場合にもこれらの者の承諾が要請されているにとどまつている。ところで、元来私有地を道路として指定することは、その限りにおいて私権を制限することになるのであるから、その権利者の承諾は道路の位置指定処分についてきわめて重要な要件と解すべきであるけれども、すでに指定された私道を廃止する場合には、一時制限を受けていた私権が、その制限から解かれるものであつて、その際における権利者の承諾は、道路位置指定の場合に比べると、左程重要なものとは考えられず、建築基準法施行規則に、道路廃止の際の権利者の承諾について規定するところがないのも、このようなところから発したものと解せられるのである。

したがつて、前記東京都建築基準法施行細則において道路の廃止につき関係者の承諾を要求しているのも、右承諾を道路廃止の絶対的要件とするほどのつよい意義をこれに認めたわけではないと解するのが相当であるのみならず、本件においては、原告及び久松勇は、その意味を十分理解しない上であるとはいえ、建築線の廃止ということで少くとも従前よりは私道が狭くなる程度のことは承知の上で本件道路廃止申請書添付の図面に押印しているのであるから、かかる事情のもとでは、同人らの承諾を欠く申請に基いてなされた道路廃止処分といえども、右承諾の欠缺が当該申請関係書類上明白であるのにこれを看過してなされたというような特別の場合を除いては、単に取り消しうべき瑕疵を有するにとどまり、これを当然無効の処分とすることはできないというべきである。そして前掲乙第一号証の四によれば、本件道路廃止申請関係書類上、右申請について原告の承諾が欠缺していること及び久松勇の承諾が必要であるのにこれが欠けていることが明白であるとはいえないから、結局本件道路廃止処分は、右両名の承諾の欠缺の故をもつてこれを無効とすることができない。故にこの点に関する原告の主張は、理由がない。

三、次に原告は、本件処分が建築基準法第四三条第一項の規定に違反し、無効であると主張するので審査するに、前記認定事実と乙第一号証の四のうち成立に争いのない部分、証人久松勇、同神谷忠一の各証言、原告本人尋問の結果によれば、本件道路の廃止により別紙第二目録(3)の久松勇の所有地及び同目録(6)の原告の所有地はいずれも本件道路のほかに道路に接する部分が全くなくなることが認められるから、本件処分は建築基準法の前記法条に違反するものといわなければならないが、原告が本件処分後別紙第二目録(6)記載の原告所有地の北側に隣接する土地を所有使用するにいたつて、右土地が北側道路に面しているから本件処分によつて袋地となつた原告の所有地が袋地でなくなつたこと、同目録(3)記載の久松勇の所有地も、その後神谷がこれを所有使用するにいたつて袋地でなくなつたことは当事者間に争いのないところであり、成立に争いのない乙第二号証の三、原告本人尋問の結果によれば、原告の後に所有使用するに至つた右土地がその北側の私道に、一四・六五米にわたつて接触していることが認められるから、この時以降、本件道路の廃止による建築基準法第四三条第一項の規定違反の状態は解消したわけであつて、その限りにおいて右規定に違反した瑕疵は治癒せられたものと解すべきである。

けだし、建築基準法第四三条において建築物の敷地が道路に二メートル以上接しなければならない旨を定めた趣旨は、同条第二項の規定からも窺われるように、主として避難又は通行の安全を目的とするものであつて、私道の廃止又は変更により同条の規定に違反する結果を生ずる場合においては、同法第四五条の規定により、行政庁はその私道の変更又は廃止を禁止し又は制限することができるとされているのであるが、右第四五条の規定による私道廃止の禁止又は制限の処分は、違反者に対する制裁措置ではなく、上記のような避難又は通行の安全の保障のためになされる措置であるから、私道の廃止によつていつたん同法第四三条違反の結果を生じても、その後における事情の変更により同条違反の状態が解消するに至つたのちにおいては、もはやかかる避難又は通行の安全を確保するためにこれらの処分をする必要がなく、又かかる処分をすることもできないものというべきであり、したがつて、私道の廃止が同法第四三条の規定に違反する結果を生ずることを看過してなされた違法な道路廃止処分についても、その後において右規定違反状態が解消したのちにおいてもなお処分当時に違法であつたことを理由としてこれを取り消し、又は無効とすることを許す必要は毫もなく、その意味において右処分の違法が治癒せられたものとして取り扱つてもなんら不当とはいえないからである。それ故、原告の上記主張も、これを採用することができない。なお原告は、道路の廃止によつて建築基準法第四三条第一項の規定に違反することとなる場合には、上記のように同法第四五条の規定により、同法第九条第二項ないし第三項所定の手続を経由して右道路の廃止を禁止しなければならないのに、被告は、かかる手続を履践することなく、本件廃止処分をしたものであるから、違法である旨主張するけれども、右第四五条に定める制限、禁止の措置及びその手続は、法の規定に違反して、ほしいままに現存する私道を事実上廃止しようとし、又はこれを現実に廃止した者に対する行政的な是正措置及びその手続を定めたものであつて、申請に基づく行政庁による道路廃止処分そのもの(これはさきになされた道路位置指定処分の撤回にすぎない。)とは全く別個の事柄であるから、右処分において同法第九条所定の手続を履践しなかつた故をもつてこれを違法とすることはできず、この点に関する原告の主張も理由がない。

そうであれば、結局原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 中村治朗 大関隆夫)

(別紙)

第一目録

東京都千代田区神田猿楽町一丁目七番地所在

総面積 一〇一、三七米

巾     二、七二米

総延長  三七、二七米

の道路

第二目録

(1) 東京都千代田区神田猿楽町一丁目七番の一九

一、宅地 九七坪八合九勺 所有者 三間豊次郎

(2) 同所同番地の一八

一、宅地 五五坪一合   所有者 斎藤誠

(3) 同所同番地の二のうち

一、宅地 約一二坪    所有者 久松勇

(4) 同所同番地の二のうち

一、宅地 約四〇坪    所有者 神谷忠一

(5) 同所同番地の三

一、宅地 二一坪二合六勺 所有者 岩崎仙太郎

(6) 同所同番地の二二

一、宅地 三二坪九合四勺 所有者 久松茂

第一図<省略>

第二図<省略>

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